或る庭からの思考

長年棲み続けている或る「庭」の現実からの直接・独自の考察・雑感。

2020年7月2日木曜日

7月2日 クチナシ


 以前の日記を見てみると、2011年7月8日にクチナシの花が満開とある。

実が割れないので「口無し」という名だそうだが、
勝手に無口で主張の少ない花のイメージを思い描いていた。
木陰の深緑の中に雑念を消し去るかのような白さで香りを引き立たせるのは、
まことに上品な有様である。


今年は
5月半ばに葉の2、3割が黄色く色づき
それが落ちると、
ぐんぐんと新緑が伸びるように駆け足で緑が深まり、
6月半ばにはもう開花。雨が続き早々に落ちてしまう。

翌年の花の為には、終わった花は取り除いた方がいいが、
秋冬の実も魅力的な形をしている。
むしろ花よりも。。



花が終わって後に残った額を見てみると
あの独特の実の造形がすでに基礎作られていることに気づく。
あの不思議な形は、花の抜けた後の「痕跡 - 空洞」 であったのだ。



2020年6月24日水曜日

6月24日 枝木ゴミ

枝木ゴミをまとめる。
翌朝の回収のため。




樹木は空間に大きく広がり枝葉を伸ばす。
これを少量間引きしたつもりが、
かなりの量の枝木が山積みになり驚く。

しかし枝は基本、直線の集まりみたいなもの、
広がった枝の方向を整え、長さを揃え

一定量ごとにまとめ、体重をかけて紐で縛ると、
かなりコンパクトになり、
ほどほどの物質量であることを知る。







2020年6月22日月曜日

6月22日 剪定

この時期、広葉樹の徒長枝が伸びる。
特に来年の花芽ができる前に不要な枝はなるべく取り除かないと
夏場には物凄く繁ってしまう。




遠目に横から見るとどの枝かわかるのだが
いざ真下に行くと、はるか上の方の枝はどれだかよく分からない。





ものごと、このような事はよくあるような気がする。
剪定という作業は実に様々な事を考えさせられる。



2020年6月19日金曜日

6月19日 雫 - 無数の宇宙


今日も雨、テイカカズラに無数の雫(しずく)がたまる。



その一つ一つの中に周りを写し込んだ世界がある。




それぞれが完結した宇宙を封じ込め 離散している。

ちょっと角度を変えただけで 中の風景も動く。


2020年6月16日火曜日

6月16日 アジサイ- 花のなかの花


花瓶に活けてあったアジサイの下になにやら粒粒が落ちている。


よく花を見てみると、中心の丸いポチッとしたものが
花開いて極小の花のようになっていた。
これを見ると、周りの花弁のようだったものが
実は額だというのも頷ける気がする。

額アジサイの中央部のにも似ている。


この花が開いた途端、
この存在を知った途端、
ミニアチュールに潜む内密の無限性に引き込まれる。


2020年6月10日水曜日

6月10日 額アジサイ - 構成

額アジサイには特別魅力を感じて無かったが、
庭に根強く生えてくる。




しかし改めてよく見てみると不思議な花である。

と思ったら、元々はこの方が自生していた原種で
普通のアジサイは観賞用に装飾花ばかりにした園芸品種だそうだ。





普通のアジサイを散々見た後には面白く感じる。
実用と装飾、構成、
総合バランスの妙で非常に知的・構築的である。




2020年6月7日日曜日

6月7日 雨上がり





雨が上がった日曜日。
小金井公園には結構、人がいた。

分散して。

キャッチボール、フリスビー、
凧上げする人、バドミントンする人。

距離を保つような球技の練習。
工夫次第で色々ある













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