或る庭からの思考

長年棲み続けている或る「庭」の現実からの直接・独自の考察・雑感。

2020年10月22日木曜日

芙蓉

もう弱りかけた芙蓉の木だが

秋になって だいぶ遅れて 今年も花を付けた。




以前と違う気候のなか 印象も異なるが、

それでもまた、感傷的な思いを再び湧き立たせる。

その年ごとの記憶が薄いベールのように 幾重にも重なっていく。









2020年10月15日木曜日

金木犀

 10月2日、金木犀の香りに気付く。

ふと見ると、幾多の蕾を付けていた。


日記を探って見ると10年前の10月5日のことが

ほぼ そのまま当てはまる。




数日たって、満開になる。

蕾の時の方が香りが強く感動的であった気がする。

最初の一瞬であったからか。


暗いはずの葉影が金色に輝く。

樹が全体から光り 広がっていく。




金木犀というのは、花というより、木というより

むしろ この香り放つ短い時節、空間そのものである。




2020年10月1日木曜日

山鳩の森

 最近、よく山鳩を見かける


バタバタっと音がする、振向くと

木々の中に隠れてしまう。

2羽の時もある。


どこかに巣があるのかも知れない。

正面の大樹か その横のカエデか 生垣のサワラか。

それとも、近所か。


鳴き声もよく聞く。

遠くに聞こえるが、どうも近くに見えるあの鳩が鳴いているようである。

不思議な存在である。





2020年9月28日月曜日

アカメガシワ

 9月初旬、お盆過ぎに切り詰めた庭のアカメガシワをさらに切り詰める。

夏場一杯 直ぐに伸びてきて繁殖してしまうので、かなり詰めている。


ふと見ると、葉の裏に沢山の蝉の脱け殻が付いている。

ここ2週間のうちに這い出たらしい。



小さくした木に、所狭しと場所を争うようにして。

一枚の葉に何匹もついているのもある。

こんな木でも 役に立っていたのか。


9月下旬、玉川上水の堤をふと見ると

半年前にケヤキの大樹などバッサリ無くなっていた所に

早くもアカメガシワがびっしりと生え繁っている。


その下の木陰をかつてのごとく、秘めやかに水が流れていた。







2020年9月24日木曜日

つるバラ 経過観察

壊れかけたバラのアーチ 。

5月末花後を少し切った後、今年は雨が2か月ほど続いた。

8月に入ると、今度は急激な猛暑が続く。

その間につる枝は伸びるのだが、

葉の色も悪くなり、枯れ落ちてきた。

切り取ってしまおうか迷っているうちに日が過ぎていく。



9月に入り、ふと見ると、先端の葉が復活してきている。


自由に伸びてしまったつる枝は切り取らず、

アーチの下は通らなくし、

迂回して裏手に回る小道を整備した。


脱け殻のようなアーチは 人のスケールの添景となる。

あまり手を加えない自然も、それなりの魅力はあるものだ。


在るが儘か そうしないか

それが問題だ。




2020年8月29日土曜日

8月29日 つる - 伸展する回転運動



 定家葛(テイカカズラ)のつるが伸びる。

ぐんぐんと伸びる。

空間に触手を伸ばし、日に日に長くなる。


複雑そうに見えるが、基本単純な回転運動で成り立っているようだ。

その積み重ねが状況によって様々な相貌を呈する。

風でぶらぶら、ゆさゆさしても折れない。


そしてある日いつの間にか、取っ付くところを掴む。

取り付くとピンんと伸びる、そしてそれを伝って次のツルが巻きついてくる。

次から次へと這い出てくる。

恐ろしいほどの生命力である。



2020年7月25日土曜日

7月25日 水紋



強い雨、強めの雨、まばらな雨。

雨がコンクリートのたたきに薄く溜まりつつ
次々と水紋を描き直す。
空の明るさと木々の影を映し出しつつ。

それは目をつぶっても 無くなる訳ではない。づっと描き続けている。
こちらの意識とは関係なく 現れては消え 運動し続けている。



水紋が美しく出るのに丁度良い雨の強さがある。
その時に見てると、いつまでも飽きない。


始めは 殆ど同じような紋様の繰り返しに思うが、
やがてその時々微妙に違う個性豊かな風景が見えてくる。


雨粒が落ちると起点が発生し、そこから直ぐに正円となって広がる。
次々とそれが起こり、隣り合った円の波が干渉する。
時間差と強度に応じて さまざまな文様が現れては消える。


見ているものは、残像か否か。
目と脳のシャッター速度も変化し揺らいでるようで定まらない。






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